仕事に意味を感じなくなるのは、意味を求めすぎているから【何も求めなければ最強説】

最近、自分の仕事が無意味に思えてきた。
そもそも働く意味ってなに?なんのために働くの?
働く意味を実感して活き活きと働きたい。

働くことはシンプルに考えれば、生計をたてて暮らしていくための手段ですが

だんだん仕事に慣れてきて
「自分はなんのために働くのか?」
「この仕事に意味はあるのか?」

みたいなことを考え始めると、なかなか抜け出せなくてけっこうつらい感じになってくることがあります。

結論、考えすぎは良くないので、生活に困窮していたり、明らかにブラックな環境でもない場合は、あれこれ考えすぎるのを辞めるのが得策です。

この記事の内容

  • 「仕事」「働く」意味について再確認
  • 働く意味を求めすぎるのは危険
  • 働く意味を感じなくなったときのおすすめ考え方

といった流れで、解説します。

私は地方中小企業のサラリーマンで、普通の年収でそこそこホワイトな働き方をしていましたが、仕事について考えすぎて
「なんで毎日働く必要があるんだ!」

「俺にはもっとやりたいことがあるはずだ!」
みたいなことを考え過ぎた結果、メンタルを病んでしまって、1年ほど休職を経験しました。

今では無事に復帰を果たして、日々、あれこれ悩みを抱えながらも、心穏やかに過ごすことができています。

そんな経験を参考にこの記事を書いています。

「仕事」の意味、「働く」意味について再確認してみる

世間一般での「仕事」や「働く」意味について改めて確認してみましょう。

辞書的な意味を改めて確認すれば、サラリーマンにとっての「働くこと」つまり「労働」は

会社に自分の時間や体力を切り売りして、対価として金銭を得ること

になります。

そして「なんのために働くのか?」について問われたアンケートでは

  • 「お金を得るために働く」と答えた人が50%
  • 「社会の一員として,務めを果たすために働く」と答えた人が約15%
  • 「自分の才能や能力を発揮するために働く」と答えた人が10%
  • 「生きがいをみつけるために働く」と答えた人が25%

といった回答が得られたそうです。

「金銭を得ること」が目的のひとが半数で、やりがい・生きがい・社会貢献など、何かしらの意味を求める人が半数という結果になります。

「お金を得るために働いている」と答えた人の中にも
「お金を得るために働いていて、そのうえで何かしらの意味を感じたい」と考えている人が結構な割合でいるのではないでしょうか?

働くことに意味の意味を感じなくなるのはどんな時

「働く意味を感じなくなる」ときにありがちなパターンについていくつか考えてみましょう。

給料が低い

給料が低すぎる場合、働く意味について考える機会が多くなります。

せっかく豊かな生活を送るために毎日働いているはずなのに、働くことで得られる恩恵が感じにくいからです。

毎日のように長時間、一生懸命頑張って働いているのに、給料が低くて、最低限の生活しかできなくて、普通に生活するのがやっとの状態がずっと続いている場合

「俺は、いったい何のためにこんなに働いているんだー!!」

といった感情を持ちやすくなるでしょう。

いつも同じことの繰り返し慣れた、飽きた

いつもきまりきった仕事ばかりしている場合も、その業務に新鮮味やいい意味の緊張を感じなくなり、結果的に飽きてしまい

「果たして、同じようなことを毎日のように繰り返すこと、一体、何の意味があるだろうか?

といった漠然とした疑問を抱くようになってしまいます。

仕事が過酷すぎる

やりがいのある仕事をしていたり、責任のある仕事をしている人に多いかもしれませんが
仕事がハードだったり、責任が大きすぎて、労働時間が極度に長かったり、休日だって常に仕事のことを考え続けなければならない場合

ふと公園で無邪気に遊ぶ子供たちなどを見かけた際などに

「そういえば、俺ってなんでこんなにがんばってんだっけ(T_T)」

みたいな感覚を覚えることがあります。

思い通りに行かないことばかりのとき

仕事が思い通りに行かないことばかりのときにも当然、働く意味は見失われます。

  • 超絶ブラックな環境でプライベートな時間が確保できなかったり
  • 人間関係が劣悪で本来なら普通に成り立つはずのコミュニケーションが成り立たない
  • 無能で聞き分けのない上司の意味不明な指示に振り回されていたり

といった感じで、我慢できない範囲で思い通りにならない状況ばかりが続くとき

「あー!全然思い通りにならねえ!嫌になったわ」

みたいな感情を抱くことがあるでしょう。

さらに高いレベルを求めるようになった。

仕事に対して、現状より高いレベルを求めるようになると、働く意味について問いかけることが増えがちです。

例えば

  • 自己実現の為にスキルアップしてみたくなったり
  • もっと社会貢献ややりがいを実感できるような仕事をしてたくなったり
  • 自分の能力を最大限発揮しやすくなったり

仕事の中にプラスアルファの要素を求めるようになってくることがあります。

こんなとき、自分の要望にあった仕事があればいいですが、現実はなかなかうまくいかないもので、今まで通りの仕事や雑務ばかりに追われる現実がつづきます。

そんなときに、理想と現実のギャップを日々、突きつけられることになり

「俺は、、おれは、、、、こんな意味を感じない仕事をしたくないんだ!もっと意味のある仕事をしたい!!」

といった感情に満たされてしまうでしょう。

こんな感じで
生計を立てるためではあっても

  • 過酷すぎたり
  • 全く面白みのない仕事をしていたり
  • 更に大きな意味や意義を仕事に求めだしたとき

現在の仕事に対して意味を感じなくなって来ます。

働く意味を感じなくなったときのおすすめの考え方

ここからは、働く意味を感じなくなったときにおすすめの考え方を紹介していきます。

以下の考え方を身に着けていれば、随分と楽になるはずです。

あくまでもベースは生計を立てるための手段とかんがえる

まず考えるべきは、「仕事は生計を立てるための手段」ということです。

仕事や働くことに意味を感じなくなったとき、仕事を辞めたくなりがちですが、ここで思い起こすべき当然の事実が

給料をベースに生活をしているのなら、その給料がなくなれば生活は立ち行かなくなる

ということです。

別の仕事でも生計を建てれるかもしれませんが、莫大な貯金がない限り、一般市民は何かしらの方法で生活資金を確保しながら生きていくしかないのです。

働いて、生きていくために必要なお金を確保するのは
原始時代でたとえるなら、狩りにいって獲物を捕まえて、火を起こして寝床を確保したりと生きていくベースとなる活動と同等です。

だから、生活のために働かなければならないのを嘆いたりする必要はありません。

働く意味が分からなくなったときはまず「生計を立てる為の手段」というベースを忘れないようにしましょう。

やりがいや生きがいを仕事に求めすぎない

「やりがい」や「生きがい」みたいなものを仕事の中に求めすぎていないか、今一度確認してみてください。

なぜなら、やりがいがあるうちはいいですが、やりがいがない仕事になった場合に、常になにか満たされない、ツラい状況に陥ってしまう可能性が高いからです。

会社はあなたにやりがいを与えるためにある組織ではありません。利益を上げることを目的とした活動体に過ぎません。

自分が望むような仕事ばかりを任されることはただのラッキーと考えたほうが自然でしょう。

仮に仕事の一部に自分が好きな部分があったとしても、その好きな部分をこなす周りには、書類の整理だったり、関係者との調整や、聞き分けのない上司の説得であったりと、多くの「楽しくない業務」がくっついていて、それをこなさなければいけないません。

仕事に意味を感じなくなったとき、「やりがい」や「生きがい」を無意識に求めすぎていないか、今一度、振り返ってみてください。

そもそも仕事は会社のためにある

「そもそも仕事は会社の活動のためにある」と考えてみることもおすすめです

すべての仕事は個人のためでなく「会社が利益を上げて存続するために存在している」と割り切って考えることができれば、個人的な働く意味などを求めることもなくなります。

ただ書類を整理して保存するだけの業務であっても、会社としては業務に関連する書類をしっかり保存しておく必要があったり、そこに何かしらの「意味」があるから業務が残っているのです。

その「意味」を突き止めるのできないかもしれませんが、何かしらの理由で会社にとっては必要な仕事ということです。

「そもそも仕事は会社のためにある」と思うことができれば、自分の仕事に意味を感じなくてもちょっと安心した気持ちになります。


個人の視点で意味があるかないかを判別することは難しい

そもそも、やってる仕事に「意味があるか」「意味がないか」を個人の視点から判別できるのか?
ということを考えてみるといいかもしれません。

一見地味で意味のないと思える業務だって、回り回って必要不可欠な業務である可能性だってありますし、重要な案件を進めるための目立つ業務だって実はなくても対してだれも困らないような業務だったりするかもしれません。

会社に届いた書類を各部署に振り分ける業務を誰もやらなくなったら、取引先との重量な書類のやり取りが成立しない可能性がありますが、年間数億円の売上を狙った新規事業のプレゼンが成功しなくても、実は5年先の数億円の失敗を免れただけかもしれません。

こんな感じで、目立っていたり、ぱっと見意味のありそうな仕事は「意味のある仕事」だと判定してしまいがちですが、視点を変えてみれば全く意味がなかったり・マイナスだったりする可能性だってあります。

その「良いか・悪いか」をあなたやわたしの個人が判別することは、どんなに優れたひとであっても難しい

といった視点を持つことができていれば、あなたが自分の仕事に意味がないのではないかと悩んだときの手助けになるはずです。

意味のないと思えることだって淡々とやっていく「無我の境地スタイル」を確立

個人の視点から「意味がある・意味がない」を判別するのが難しいということに納得できたら、
次は「意味なくない」と思える仕事であっても「大義がある」と思える仕事であっても、いちいち判別することなく、淡々とこなしていく境地を目指してみてください。

あれこれ判定せずにこなすことができるようになれば、迷いや憂いはなくなり、仕事の内容に一喜一憂することがなくなり、メンタルや体力を消費せずにすみます。

そうすれば、仕事に振り回される感覚も減ります。

これはいわば、悟りの境地を目指すようなもの

(これも修行のうち)から引用

この考え方は仕事だけでなく、日常生活のありとあらゆる場面に使える最強のスタイルです。

無我の境地に少し近づくだけで、日々メンタルや体力をすり減らすことなく、淡々と心穏やかに日常を過ごすことができるようになります。


自分なりに目的ややりがいを後付けすればよい

仕事に意味が感じなくても、自分で何とか意味を勝手に作り出していくことを考えてみてください。

どんな仕事だったとしても「勝手に、自分軸で、自由に仕事に対する意味・意義」みたいなものを後付けしてしまって、思い込んでしまうことが出来ればいいのです。

ただの退屈な入力業務なら、効率よくタイピングを練習するためのゲームだ捉えてもいいし、

やりたい仕事ができないことをただ嘆くよりも、目の前にある「とりあえずやらなければならない仕事」でも自分で意味ややりがいを見出すことの方がよっぽど現実的な答えではないでしょうか?

単純な入力業務でも、タイピングの練習だと捉えてもいいし

自分で勝手にプログラムを作って自動化してみてもいい

めんどくさい人との調整業務であれば、交渉術や話術の練習だと思えばいいのです。

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