仕事が人生の中心となってしまわないために考えること【あくまでも手段、目的化するな】

ワーク

 

毎日一生懸命働いていると、なんだか仕事が人生の中心になってしまっている気がする。

仕事をするために生活をしているような感覚がある。
このままでは仕事ばかりの人生になってしまいそうでなんか怖い、、、、

多くのフツーのサラリーマンにとって本来、仕事は生活を安定させて豊かに生活するための手段に過ぎないはずですが、日々、懸命に働きながら日常を過ごしているうちに、「仕事をこなすためにその他の日常がある」みたいな状況になってしまうこともあるものです。

そんなときには「手段が目的化する」というキーワードで人生と仕事の関係性を再認識することをおすすめします。

仕事に行き詰まったり、悩んだりしたときに見かけるアドバイスは大抵

  • 転職を勧めたり
  • 効率的な仕事術
  • 副業、起業のすすめ

といった「現在の仕事をもっと良くする」「日常を劇的に変えるためのライフハック」的なことに焦点が当てられた内容が多いですが、状況が変わった先でも新たな悩みは発生するものです。

この記事では現状を大きく変えることなく、仕事へ向き合うスタンスをしっかりと見つめ直すことで、人生の軸を仕事から取り返す方法に焦点をあてて考えていきます。

この記事の内容

  • 手段が目的化するとはどういうことか
  • 「仕事が目的化」して人生を侵食してしまうのは何故?
  • 仕事に人生を支配されないための考え方を3つ紹介

といった流れで、解説します。

 

メモ

束縛が多くて、自由が少なくて、不満が多いような会社員生活も「これも修行のうち」とでも割り切ることができるようになれば、日常は劇的に変わります。

これも修行のうち

 

「手段が目的化する」とはどういうことか?

まずは「手段が目的化する」ということについて考えてみましょう。

まず「手段の目的化」とは「本来他の成果・目的を得るための手段である行動について、その行動をと ること自体を目的としてしまう社会行動のこと」です。

ビジネスの現場などでよく使われる言葉で、ちょっとできる感じの上司や先輩が

「今やってるその業務だけどさ、手段が目的化しちゃってるんじゃないの?」

といった発言をしていることを聞いたことがあるかもしれません。

最終的な目標をしっかりと確認できていない状態で、細かい作業をやりはじめると、本来の目的を見失って、その作業をすること自体が目的になってしまって、「手段が目的化している」といった自体に至ることはよくあるものです。

私が強く思うのは、仕事の中で「手段が目的化」することはあっても良くて、それよりも仕事や働くこと自体が人生の目的化してしまうことは絶対に避けるべきです。

多くの一般庶民にとって、仕事とは「生きる、または、人生を幸せにするといった目的を達成するための手段」に過ぎないはずです。。

それなのに、生きることや人生を幸せにすることに支障が出るまで、仕事をやり遂げようと働き続ける人は少なくありません。

これは、本来手段に過ぎないはずの仕事が、目的に置き換わってしまっている状態だと言えます。

また、明らかに生活に支障が出るレベルではないにしても、そこそこ仕事が忙しく仕事をしている人で

  • 平日は基本的に仕事に行って帰ってきて寝るだけの生活がデフォルト
  • 休日も基本的にはメールチェックを欠かさず、仕事のことは基本的に頭から離れない
  • 休日も結局は、来週を乗り切るための準備をしている

こんな感覚が少しでもある人は、「仕事や働くこと自体が人生の目的化しちゃってる(もしくはその予備軍)」といえます。

「仕事とは、生きる、または、人生を幸せにするといった目的を達成するための手段に過ぎない」ということを強く思い起こしてください。

なぜ、「仕事=手段」がいつのまにか「人生の目的化」してしまうのか?

まずは、手段が目的化してしまうのはなぜかについて考えてみると、次のような流れが考えられます。

順番に解説していきます。

  1. 人生のそのものの目標はぼやけやすい
  2. 仕事の目標はわかりやすい
  3. いつの間にか、手段だった仕事が人生の目的へと入れ替わる

順番に解説していきます。

人生の目標は「ぼやけやすい」

人生の目標ははっきりいって「ぼやけやすい」です。

「あなたの人生の目標・夢ってなに?」って聞かれて

「海賊王に、俺はなる」
「俺の夢は世界一の大剣豪になることだ!」

なんて感じで即答できる一般人は少ないでしょう。

小学生や中学生の頃は「パイロットになる」「良い会社に入って出世する」「医者になって病気の人を助ける」といったわかりやすい目標を「人生の目標」として持ってたりします。

しかし、仮に夢を叶えて良い会社に入ったとしても、大企業で働く日々は日常になって「夢や目標」ではなくなります。

目標の職につけなかったひとも、普通の会社員として日常を過ごしています。

どちらにしても、学生のように「わかりやすい人生の目標」というのは失われてしまいがちです。

わかりやすい目標がなければ

  • 幸せな生活を送りたい
  • 幸せな家庭を築きたい
  • 今よりも裕福になりたい
  • 大きな家に住みたい
  • ちょっと良い車に乗りたい

といった、ぼんやりとしたはっきりとしない目標みたいなものをなんとなく胸に抱えながら

もっとたのしいことないかなあー
大変なこともあるけど、ある程度の生活はできてるし
仕事もそれなりにやりがいがあるときもあるし
でも、いまも十分めぐまれてるなー

といった感じで日々を過ごしていくのが普通でしょう。

これこそまさに「人生の状態がぼやけやすい状態」だと言えるでしょう。

逆に、仕事の目標はわかりやすい

人生の目標はぼやけやすいですが、仕事の目標はわかりやすいものが多いです。

  • 「今日中に、絶対にこの会議のパワポを完成させてください!絶対に!」
  • 今週期限のデータの整理と分析、終わってる?
  • 今月の売上目標、80%しか達成してないけど、大丈夫だよね?
  • このプロジェクトのスケジュールだけど、1週間くらい早めることは可能かな?

こんな感じで、仕事については、納期や期限や目標が数値化されていることがほとんどなので、いつまでに何をしなければならないのかがはっきりしています。

仕事ができる人ほど、「いつまでに何をすれば良いのか」といったことが上手に整理するのは上手なはずです。

いつの間にか、「人生」よりも「仕事」を優先する構図が完成する。

「人生の目標はぼんやりとしていて、日々の仕事の中でやるべきことや目標ははっきりしている。」

社会人になってある程度生活が安定してくると、こんな日々を過ごすのが普通になり、結果的に「かつては手段に過ぎなかった仕事が人生の目的」に昇格します。

なぜなら、人生よりも目標がわかりやすい仕事に対し、使う時間・エネルギー・人間関係等、あらゆる活動や関わりの中において、仕事が占める割合が大半を占めるようになるからです。

  • 平日の5日間働き、基本的に土日休みであれば、日中の活動時間の3分の2以上を仕事に使っています。
  • 業務の中で、体を動かしたり頭を使ったり等、基本的にはしっかりと自分の能力やエネルギーを使って仕事をこなします。フルタイム勤務のあとに、仕事よりも長時間・ハードなことをする人はなかなかいません。
  • 仕事の中で色々な人と関わり合い、関係性を築き、その関係性の中で自分の役割ややるべきことをこなします。

これだけならまだしも、更に

  • 残業で平日はもっと時間がない
  • 仕事から帰ったあとも仕事のことが頭から離れない
  • 付き合いで金曜日に飲みに行ったり、週末もゴルフに行ったりしなければならない

等々、もっと仕事関連の割合が多い、サラリーマンは世の中にたくさんいるはずです。

こんな感じで、気持ちがどうであれ、事実として「時間とエネルギーと人間関係」の大半以上を日常的に費やしつづけることで、仕事>人生という構図が出来上がってしまうわけです。

仕事が目的化しないために何を考えるべきか

仕事に人生の主導権を奪われないためにどうすべきか、解説していきます。

ポイントは大きく分けて3つで

  • サラリーマンである以上、ある程度は仕方ない【受け入れ】
  • 転職やら待遇を改善し続ける無限レースに巻き込まれることは避けるべし【戦わない】
  • 人生の目的を「日常そのものの満足」にセットしてみる。【仕事を利用する】

といった感じになります。

順番に解説していきます。

ある程度は仕方ないと受け入れてしまう

サラリーマンとして働いて生活をして行く必要がある以上、多くの時間やリソースが仕事に支配されてしまうのは仕方のないことだと割り切ってしまうことも必要です。

そもそもですが、手段が目的化すること自体は成果を求められる仕事においては悪いことで例えられることが多いですが「人生においては」絶対に悪いことというわけでもありません。

逆にいえば

人生は、未来に明確な目的をもって、日々を刻まなければならない

といった価値観は、かっこよくは聞こえますが、見方によってはちょっと窮屈で、息が詰まりそうだとは感じないでしょうか?

人生においては、「手段が目的化」しようが「目的が手段化」しようが、どちらでもいいと考えることもできます。

そんな日々を確保するために、仕事をしているのであれば、仕事に拘束されることが多くなっても、ある程度は仕方のないことだと受け入れてしまったほうが余計なことを考えずにすみます。

目的を達成する無限ループに飲まれないこと

しかし、普通に日常を過ごしていると、いつの間にか「何かしら目的を持たねばならない」といった圧力がかかってしまうし、その圧に飲まれて何かしらの目的を持って達成したとしても、また新たな目的を目指すループからは抜け出せません。

  • 給料をあげるために昇進しても、仕事は更に忙しくなるだけです。
  • より良い環境を得るために、良い環境に転職を果たしても、転職先でも結果を出し続けることが必要です。
  • 一つのところに留まりつづけていては、豊かな人生を気づくことはできません。

こんな感じで、例えばサラリーマンを例に取れば

「キャリアを築き続けることが、当たり前だよね?」
「変えるなら、きっと今だ」

みたいな価値観や雰囲気がを転職を進める市場が煽って来ています

仮に今よりも待遇がよくてやりがいのある仕事へ転職できたとしても、仕事は大変なことには違いありません。

こんな感じで、目的をを達成できたとしても、また新たな目的が発生して次の目的を目指すしかないといった、無限ループ巻き込まれてしまいがちです。

【結論】人生の目的は、どこにあってもブレない「手段=日常」そのものとしてしまうのもひとつの手

だからこの世の中を生きて生きながら、世の中の圧力に負けずに毎日を充実感を持って過ごすためには、遠い未来に目標は持たずに(もっていてもいったん忘れて)
もっと日常に没頭する感じで、日々を充実感や達成感など、過程やプロセスを充実させることを目的としてしまうことをおすすめします。

毎日を充実感もって生きることを、人生の軸に据える感じです。

日々を快適に過ごすことが目的となれば、「目的=手段」になるので、どこに行かずとも、何を達成せずとも、満足感を感じながら生きることができます。

そんなことを考えてくれさせたのが「これも修行のうち」という本です。

仏教の考え方をもとに、今に集中して、毎日を充実感をもって過ごすための実践的な方法が詰め込まれています。

「仕事に人生を支配されてしまいそう」といった悩みだけでなく、将来への漠然とした不安や、なんとなく満たされないといった悩みなど、人間の根本的な悩みに対して、何千年も語りづがれてきた仏教の知恵から、解決する方法を紹介してくれる本です。

コメント

  1. […] […]

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